綿毛ふわっと
理緒はよく笑う。
でもそれは気を許している黒子の前でだけだった。
ざわつき始めた教室に充満している漂う空気。
その中で黒子も動けずにただ立ち尽くしていた。
「月見里って感情がないやつなのかと思ってた」
「そんな奴三次元にいないって!」
「けど実際今まで無表情突き通してたじゃん」
「どうでもいいけど、理緒君キレすぎじゃない?」
「そうか?あんなしつこかったら、いくらロボットでも耐えらんないだろ」
さまざまな声が飛び交う中、理緒の机を囲んでいたひとりがだるそうに声をあげた。
「何なのあれ。俺らが悪者みてーじゃん」
それに続いて、口々に文句が発せられた。
「遠慮いらねっていってんのに」
「ツッキー逆ギレ〜」
「可愛い顔してなかなかはっきり言うんだね、理緒くん」
理緒に怪我を負わせた張本人が、「…もう教室戻ろーぜ」と言って、教室を出ていく。それからますます騒がしくなり、担任が入ってくるまでそれが続いた。
「それじゃあHRはこれまで」
担任がそう締めくくったところで、「あのー…」と、クラスメートのおずおずとした手があがった。記憶が確かならば、彼はこのクラスの学級委員長だったはず。
「なんだ、どうかしたか?」
担任の問いかけに、彼は口を二三度開閉させたのち、ぐっと口を引き締め言った。
「あの、月見里君は………」
その質問に全員の視線が、担任に集中する。黒子も勿論その一人で、理緒の席を一瞥したのち担任の口許に目線をうつした。
彼のいない空間は、見ていてなんだか寂しかったのだ。
「あぁ、わざわざ気にかけてくれていたのか。今は席を外しているが、それは私も把握済みだ。心配はいらないよ」
担任の笑顔と言葉に、教室中に安堵が広がる。はりつめていた空気もどこか柔らかくなったようだった。
一人を除いては。
また追いかけられなかった。
離れていく背中をただ見つめていた。
そんなボクに彼の側にいる資格なんてあるのだろうか。
朝のSHRが終わり、担任も教室を後にした。教室の雰囲気は、あっという間に元通り。あの静かな時間が嘘のようだとも感じてしまうほどだった。
あと数分もすれば一時間めの授業が始まる。
まだあの席に彼の姿はない。
授業までに戻らないような予感がして、思わず黒子は立ち上がった。
今ならまださがしにいける。
行ったところで、なんてマイナス思考が頭をよぎったけれど、振り払うようにその考えを吹き飛ばす。
まだやれることをしてないのに、諦めるなんてらしくないじゃないですか。
予鈴がなるのも構わずに、黒子はドアから廊下に飛び出した。
[*prev] [next#]